最初に私が愛したもの、「零戦」(零式艦上戦闘機)を紹介

私が一番最初に愛した第二次世界大戦の兵器は「零戦」(零式艦上戦闘機)です。
すでに3~4歳くらいには第二次世界大戦の世界に足を踏み入れていましたが、生まれてはじめて、一番最初に感動し、好きになったものとは、やはり零戦だったのではないかと思います。
その優美なる機影に一目で恋したのです。

零戦はとても美しい飛行機だと思います。
非常に繊細なラインで、優美で、美しい形をしていると感じます。
決して無骨ではなく、かといって華奢過ぎるということもなく(現実には華奢かもしれませんが)、端正な姿をしているように思うのです。
私は一目見て、零戦という戦闘機が好きになりました。
私が一番最初に愛した兵器であり、一番最初に好きになったアイテムだと思います。

零戦がデビューした当時、優れたパイロットたちにも恵まれて、零戦は世界最強の戦闘機として君臨しました。
そんな伝説的な強さもまた、私の強い憧れの対象になりました。
映画やドラマなどで、零戦は強く美しく描かれ、私はそういう零戦の姿に憧れて、その強さに畏敬の念を抱いたのでした。
少年時代の私は、日本を応援していました。
その感情は、ワールドカップに出場するサッカーの日本代表を応援するような気持ちだったと思います。
格別日本が優れた国で、世界に冠たる国であるとか、そんな優越感はありませんでした。
ただ、自分が生まれた国である日本を応援したいというそんな気持ちから、日本びいきでした。
そして、太平洋戦争当初の日本軍の快進撃に酔いしれ、そして、徐々に旗色が悪くなる中盤、そして悲劇的結末へとむかう末期と、私は日本が負けるくやしさに地団駄を踏み、どうして日本は負けてしまったのだろうとその原因を考え続けたのです。

零戦も当初は優秀なパイロットたちがそろっていて、快進撃を続けましたが、太平洋戦争中期頃から、アメリカ軍に強力な戦闘機が出るに及び、徐々にその性能にも陰りが見えてきました。けれども、日本軍に後継機を作る力はなく、最期まで零戦は作り続けられました。
零戦は強いパイロットが操れば、やはり優秀な性能を誇り、大戦末期まで活躍するわけですが、そんな武勇伝を見たり聞いたりして、私はやっぱり日本は強かったんだと日本を応援し、最後まで日本の強さを信じようとしました。そして、どうして負けたのか、勝てる方法はなかったのかと盛んに研究したのです。それが私の小学生時代でした。

それから第二次世界大戦というものを深く知るようになり、零戦の欠点もまた理解するようになって、日本の弱さ、底力の不足を理解するようになりました。世界最強とはうたわれた時期もあったかもしれませんが、優れたパイロットがいたからこそであって、実際は欠点の少なくない飛行機であったことも分かるようになりました。
それでもやっぱり、零戦の優美な機影は私の心を放さず、零戦は私にとって重要な存在となりました。
そして、その想いは今に続きます。
私にとって零戦は「初恋」の相手であり、その想いは40年経った今でも変わりません。

次々と後継機を出し、グレードアップするアメリカ軍に対して、日本軍は零戦を上回る後継機を量産させる力はありませんでした。
零戦は性能不足を分かっていながら、少ない生産力を振り絞って作り続けられました。
そして最後には、特攻機として使われていくことになるのです。

心にはいつも零戦が飛んでいるような気がします。
私の心はつねに当時の空にあるのです。
 
 
スポンサードリンク


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です