軍事マニアでいい、軍事マニアであることは何も悪くない

こんにちは。やっちです。
第二次世界大戦を愛して、軍事マニア道を歩み続けて約40年になります。

第二次世界大戦や軍事一般という世界を好きと言うことは、少なくない批判を招くことがあります。
戦争賛美者ではないかというふうに見られることは、軍事にまったく興味がない人から見れば仕方のないことかもしれません。
私もまた、今まで第二次世界大戦に興味があると告白して、批判されたり、排除されたり、疎外されたりということを繰り返してきました。
しかし、私は第二次世界大戦への深い興味関心を抑えることができず、その愛を語らずにはいられなくなるのです。
そして、周囲の人にその想いを告白しては、案の定指弾されるということを繰り返してきました。
そんな歴史を繰り返してもう40年になりました。
それでもこのループは今でも終わらず、今後も続くのかもしれません。

そんな私が、他の第二次世界大戦に興味がある人に伝えたいのは、

軍事マニアでいい、軍事マニアであることは何も悪くない

ということです。
兵器を美しいと思うことと、実際に殺人を犯すことは別な行動だと思います。
人間には戦争に狂喜する本能があるのかもしれません。
破壊衝動や闘争本能といったものがあるのかもしれません。
けれども、それを抑制できるのも人間だと思うのです。
兵器には美しさがあります。戦う男の姿にも美しさがあります。
けれども、それに酔いしれることと、実際に戦争を起こして殺人と破壊の限りを尽くすことは分けて考えるべきだと思うのです。

軍事に興味がない人にその心理を理解してもらうことは難しいかもしれません。
そう思うことに理解ができないわけでもなく、そう思われるのももっともだろうとは思います。
けれども、だからといって引け目を感じ、自分の想いにふたをすることもないのではと思います。
そうやって自分の心を閉じ込めて苦しい思いをすることもないと思うのです。

兵器は戦争博物館にのみあればいい存在だと思います。
戦国時代の刀や鎧が美術品として評価されるように、戦車や小銃が美術品として語られる日を夢見たりもしますが、私が生きているうちはそれが実現することはないと思います。それでもいいのです。私はこの世界を愛しています。

自分が攻撃的な人間であることを自覚することもあります。
重要なのは、他人に対して寛容な精神を持つことが大事だと思います。
自分を受け容れ、人を許せる心。
そんな気持ちを持つように心がけることができたならば、軍事を好きなことを恥じることはないと考えています。
 
 
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