妄想軍人として激戦を戦い続ける

今日もまた私は自分の住む部屋の中で妄想で激しい銃撃戦を繰り広げていました。
私は手で小銃を構えるポーズをとって、激しく激しく妄想の中で市街戦を繰り広げるのです。

「妄想軍人」という言葉は友人の銀河孔明さんからいただきました。
私が砂浜などで一人で激しい銃撃戦を演じている姿を見て、孔明さんは私のことを「妄想軍人」と表現したのです。
その表現はおそろしく的確で、素晴らしい表現だと思いました。

私が妄想軍人になったのは子どものときからです。
生まれて気が付けば私はもう第二次世界大戦を愛していました。
そして、妄想の中で兵士になりきっていたのです。
傘を小銃に見立てては、トツゲキーと叫んで走り回っていたのです。
そんな小学生時代でした。
そして、そのままに大人になり、40歳近くなりました。
今でも、40年の月日を超えても、私は今でも妄想軍人になりきっています。
私は今でも兵士なのです。

今日もトイレに行く廊下で激戦を繰り広げました。
小銃を構えるポーズで撃ちまくり、そんな姿で私はトイレへと消えていきます。そして小用を足すのです。
そしてまたパソコンに戻ってきて、今日のこの記事を書いたりしています。
私はつねに戦場にいます。そして、妄想の中で私はランボーのように暴れまわります。
私の心は少年のままです。あのときの心のままに大人になりました。そして、アラフォーになっても、心は小学生のままにあの戦争を駆け抜けているのです。

私は還暦を迎えても、寿命で死ぬ間際になっても、おそらく妄想軍人であり続けると思います。
私の魂はおそらく生涯において第二次世界大戦にあり続けるでしょう。
 
 
スポンサードリンク